357 薔薇薔薇

『薔薇』

薔薇の花が一輪咲いていました。
真っ赤な、真っ赤な薔薇の花です。


其の美しい薔薇を狐は何時も眺めていました。


狐がやって来て薔薇に言いました。
「如何して君は何時も独りで居るの?」
薔薇は答えました。
「独りで居るのが好きなのよ」
狐は驚きました。
何か言いたいのに、言葉になりません。
「早く何処かへ行って!私の見えない所へ!」
薔薇は畳み掛けるように言いました。
狐は其処を去りました。


狐は次の日も薔薇の元へやって来ました。
「今日は」
薔薇は答えませんでした。
「……僕昨日考えたんだけどね」
狐は続けました。
「独りで居る事が好きなんて、有得ない思うんだ」
「私は好きよ」
薔薇はやっと口を利きました。
「誰にも何にも邪魔をされないで済むわ」
薔薇は誰かに邪魔をされた事など在りません。
誰も薔薇に近付いては来ないからです。
狐は其れを知っていました。


或る夜、強い風が吹きました。
狐は薔薇が心配で、
朝になると大急ぎで薔薇に会いに行きました。
何時も背筋を伸ばして立っている薔薇が、
今朝は傾いています。
「おはよう。昨日の風は強かったね。
 今起こしてあげるよ」
薔薇に手を伸ばしかけた狐に薔薇は慌てて言いました。
「私は此の侭で良いの!私に触らないで!」
不思議そうな顔をして、狐は薔薇を元に戻してあげました。
其の時です。
「痛い!」
狐が小さく悲鳴を揚げました。
薔薇の棘が刺さったのです。
薔薇は悲しそうに狐を見て、
「だから言ったのに……」
と呟きました。
狐は驚いて薔薇を見詰めました。
薔薇はもう何も言おうとはしませんでした。


狐は其れから暫くの間、姿を見せませんでした。
薔薇は少し悲しんで、
そしてとても安心していました。
薔薇は、
何時か狐が自分の所に来てくれなくなるかもしれない、
という不安から逃れる事が出来たからです。


久し振りに、狐がやって来ました。
薔薇はとても悲しみ、同時にとても喜びました。
「今日は」
「今日は」
狐が何時もの様に続けました。
「……僕ずっと考えていたんだけどね」
薔薇は黙って聞いていました。
「……」
狐は何と言って良いのか分かりませんでした。
そんな自分を心配そうに見詰める薔薇を見て、
狐は薔薇を抱き締めました。
薔薇は言いました。
「止めて!」
其れでも狐は薔薇を離そうとはしませんでした。
とうとう薔薇は叫びました。
「貴方が私を強く抱き締めれば抱き締める程、
私は貴方を深く傷付けてしまうのよ!!」
狐は微笑み、薔薇を一層強く抱き締めました。
金色の狐の毛には真っ赤な血が滲んでいました。
薔薇の花と同じ、綺麗な赤でした。


狐は幸せでした。
薔薇はもっと幸せでした。