621 ライオン

『ライオンの海』

ライオンは悲しかった。


しまうまにそう言うと、しまうまは、
「涙を流すとスッキリするよ」
と言った。


だけど、
泣こうと思っても涙は出てくれなかったから、
ライオンは涙を流す代わりに、
塩水を作ることにした。


悲しいことがあったら、
水を入れたビンの中に
塩をスプーン一杯溶かそう。


このビンは、
心の中にある悲しい気持ちを詰め込む為の入れ物。


満杯になって新しい悲しみが入らなくなると、
塩水を少し捨てた。


それを繰り返すうちに濃度はどんどん増して、
そのうち塩は溶けなくなった。
捨てているのは上澄みだけで、
溶け残った塩は、ビンの底に留まり続ける。


ライオンは呟いた。
「もうこれ以上入らない」。
しまうまが言った、
「海に行って、
 ライオンさんの悲しみを全部捨てれば良いんだよ」。


「海?」


ライオンは海を見たことがなかった。
だから、ふたりは海を目指して旅に出た。


お日さまが沈んで、
お日さまが出て、また沈んで、
次にお日さまが出た時にしまうまは言った。
「ライオンさん、これが海だよ」。


ライオンがはじめて見た海は、
空みたいに青くて、
限りなく広くて、
涙みたいにしょっぱかった。


ライオンは自分の悲しみを海に託した。


しまうまが言った。
「みんなが悲しいから、
 どんどん海はしょっぱくなるんだ」。


それを聞いてライオンは言った。
「海が可哀相だから、
 僕はもう海には来ない。
 自分の悲しみは、
 ちゃんと自分でどうにかしなくちゃだよね」。


少しの間、ふたりは黙り込んで、
そしてしまうまが口を開いた。


「……ライオンさん、
 悲しくなったら、
 塩を持って僕の所へおいでよ」
「え?」
「スープを作って一緒に飲もう。
 僕が君の海になるよ」。


その後、ライオンが海に行くことはなかった。
悲しいことがあった時には、
いつもふたりで小さな海を飲んだ。
時には、しまうまの塩を使って。


ライオンは、今日もまたしまうまの所へ行く。
塩を使う必要はないから、
今日は甘いスープを飲もうよ。