617 時計壊れ

『時計』

壊れた時計がありました。
針が指しているのは、2時14分。


子供が言いました。
「可哀相。治してあげる」


時計は答えました。
「私は幸せなんだよ」


子供は不思議そうに言いました。
「でも、時間が合っていないよ」


時計は答えました。
「合っているよ、日に2回も」


夜の2時14分と、昼の2時14分。


「でも……」
子供は納得できません。


時計は笑って言いました。
「前は、世界に時間を合わせる為に私は1日中働いていた。
 でも、今は、
 世界が私に時間を合わせるのを待っているんだよ。


 世界が私に合おうとしているんだ」


母親が来て言いました。
「この時計、そろそろ捨てなくちゃね」
「治らないの?」
「新しいのを買った方が安いのよ」


時計は直りたくないので喜びました。


時計はトラックに乗せられました。
遠出は初めてです。
「ああ、とても幸せだ」


家の中の様子しか知らなかった時計は、
世界がとても広い事に驚きました。
「ああ、とても幸せだ」。


そして、ゴミ捨て場に投げ捨てられた瞬間、
時計は音を立ててバラバラに壊れました。
だから、とても幸せでした。
自分ひとりの力では、
バラバラに壊れる事さえ出来なかったからです。


時計は幸せでした。
針が動く事はもう無いけれど、
時計は時計自身の時間をこれから刻み続けます。